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管理人プロフィール

 アクセスありがとうございます。電車のモーター音のページの管理人です。私のエピソードを少しだけ・・・。

◆生い立ちなど・・・
 私は生まれてから現在までの大半を京急能見台駅近くで過ごしました(現在は都内で生活しています)。能見台駅は太平洋戦争の最中の昭和19年に「谷津坂」駅として開業しました。当時、現在のイトーヨーカドー能見台店付近には軍需工場があり、工員のみ乗降できる駅でした。戦後、一般の人も利用出来るようになり、沿線の宅地開発が進み、昭和57年12月、山側のニュータウン開発に伴い「能見台」と改称され現在に至っています。管理人は昭和53年生まれ。当時は3つ先の六浦駅近くに住んでいました。能見台に越して来たのは昭和56年。「谷津坂」駅とはわずか1年間のお付き合いだったようで…。

◆音鉄になったきっかけなど・・・
 管理人が音鉄になったきっかけは・・・、とにかくわからないのです。気がついたら音鉄になっていました。昔国鉄に乗る時は「音がしないから絶対に先頭車には乗りたくない」と泣きわめいて親を困らせていたようです。当時乗った国鉄といえば京浜東北線と東海道線、横須賀線の3線、103系と113系の2形式だけという微々たる物でしたが、それらの先頭車にはモーターが無いため、当時から「モーターの音」にかなり興味があったようです。周囲の人は「小さい子は前を見たがるので先頭車に行きたがるのに・・・」と不思議がっていたとか・・。ちなみに京急は当時(現在もですが)クハなどというものは存在しなかったので迷うことなく先頭車に乗っていました。

◆好きな電車など・・・
そんな管理人が最も好きな音は京急1000系(初期型三菱車)です。追浜駅から歩いて10分ほどの所にある「横浜南共済病院」で生まれた管理人が生まれてはじめて乗った電車はもちろん京浜急行。物心ついた頃普通電車しか止まらない能見台駅にやってくる電車はたいてい1000形1次車か2次車の4連 (1001~1068)か700形でした。たまに当時わずか5本しかなかった1500形もやってきましたが、当時この1500形をどうしても好きになれず (未だになぜだかわからない)、また700形も加速が悪くいつも遅れ、冷房も無かったので嫌いでした。現在の普通車の主力、800形は当時、今は無きD急行(神奈川新町~新逗子)を中心に使われていて、普通にはラッシュ時以外使われませんでした。そのため、いつも乗っていた1000形をいつしか好きになっていた、ということなのですが、三菱車のモーター音の短7度の音程がなんとも郷愁感たっぷりで秋になるとこれに乗りたくてたまらなくなっていました。 その1000形(初期型三菱車)が2002年夏に、初期型東洋車も2005年春をもって全車引退しました。700形も2006年をもって全廃となりました。少年時代、当たり前のようにあったものがまた一つ、また一つと消えていきます。自分も年をとっているんだなぁ・・・・・・・・と実感する今日この頃です。


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